「助教・助手展2022 武蔵野美術大学助教・助手研究発表」のグラフィックデザインは、空間演出デザイン学科卒業生のイラストレーターnico itoさん(以下、nicoさん)に制作していただきました。本作品をめぐって、助教・助手展について、イラストレーションの制作についてなど、nicoさんと運営委員会メンバーにさまざまなお話を伺いました。
—展覧会のグラフィックを作るにあたって、まずは運営委員のあいだでどのように進めていったのでしょうか。
白鳥 グラフィックを依頼するときにテーマがあった方が、運営委員会側の気持ちと、グラフィックを制作する側の気持ちが同じ方向を向いて「助教・助手展」というのを打ち出していけるんじゃないかということで、まずテーマについて運営委員会で話し合ったのが出発点ですね。
林 委員のあいだで「コロナ前と後」っていう話がまず出て。整然としていたものがコロナ禍で一回ぐちゃぐちゃになって、それで去年のテーマが「コラージュ」—バラバラでちぐはぐな個体が混ざっている感じ—だったんですけど、それが今は、時間を経てコロナ前と同じ状態にもう一回戻るんじゃなくて、液体化して溶けあって全く別のものになっちゃったような状態。素材は一緒なのに全く別の物体になるというのは、芋虫が蛹になって蝶になるのと同じだよねという話が、蛹の作品を作っている根本佳奈子さん(空間演出デザイン学科研究室助手)からあって、そこから「トランスフォーム」というキーワードが出てきました。
—「助手展」もコロナ禍で1回中止になって、その後「助教・助手展」となり運営形態が変わりました。
nicoさんにテーマを共有するときに、コンセプトシートのような資料でお伝えされていましたね。
大井 最初「トランスフォーム」—蛹から蝶に—というのがあったんですが、「トランスフォーム(transform)」がテーマだとちょっと限定的すぎるんじゃないかとなって。そこで接頭語の「trans-」だけを残して、その後に続く「○○」はどんなものがあるかなと考え、「トランスレーション(translation)」とか「トランスファー(transfer)」などいくつかのワードをあげていきました。接頭語としてのトランスの意味を自分なりにいろいろ噛み砕いて、ビジュアルのヒントになるようなものがあればと思い、簡単な資料を作りました。
nico 資料の中に「トランス(trans-)」の意味として「超える」とか「向こう側へ行く」といったことが書いてあったので今回は特にそちらを意識しました。いつも、最初に主役になるモチーフを決めて、そこから主役にまつわるストーリーや設定を考えて制作しています。今回は「超える」・「向こう側へ」というテーマがあったので、まず「超えるべき存在」—ガラスの壁—と、「超える者」—ピンクの生物—この2つは絶対入れようと思って、後からどんどん他の要素を足していきました。
上に浮かんでいる球は、コロナ禍で初めて気付いたこととか、発見したことって結構あると思うんですけど、そういった「アイテムボックス」みたいなものが浮いているイメージです。球から出ている青色の子は、コロナ禍じゃなかったら出会えなかったかもしれないけど、コロナ禍だったからこそ巡り巡って出会った人や物という存在です。
壁は、状況の変化が急に「今日からこうなります」という感じではなくて、目には見えないけど、じわじわ変わっていっているというのを表現したくて透明のガラスにしました。
白鳥 nicoさんのインタビュー記事を読んだときに、3DCGで制作されていると知って驚きました。
nico そうなんです、Blenderでモチーフを形成することが多いです。手描きでは表現できないような質感が必要なので使用しています。
—学生の時からイラストを制作されていたのですか。
nico イラスト制作はムサビを卒業してからです。でも平面作品にはずっと興味があって、大学の展示では大きく印刷したグラフィックを立体化させて並べることで、ひとつの空間をつくったりなどしていました。
ゼミは林さんと同じ津村耕佑先生です。ファッションデザインコースでしたが、私たちのゼミは割と自由で、私はずっと平面作品を作っていました。なんでも応援してくれる先生です。
—イラストは卒業してから始められたというのは驚きです。
nico 卒業後はデザインのアルバイトをしていたのですが、それこそコロナ禍で仕事がなくなってしまってすごく時間ができたので、興味があったイラスト制作をはじめました。先ほど話した「コロナ禍で初めて出会ったもの」というのは、私の「コロナ禍だったからこそイラストができた」という部分がちょっと反映されていたりします。
同じテイストのイラストをたくさん制作し、「このテイストのイラストなら私にお任せください!」という思いで作品は全部Instagramにあげていました。そこからお仕事のご依頼を受けることが増え、本格的にフリーランスでイラストレーターをはじめるきっかけになりました。
—これまでもGUCCIなどファッションブランドとのコラボレーションや、様々なお仕事を手がけられていますが、どのようなかたちで依頼を受けるのでしょうか。
nico 今回の助教・助手展のようにテーマがあったり、「このモチーフは絶対入れて欲しい」とか。いただいたテーマやモチーフを、大喜利じゃないけど、どうやったら一番面白くできるか考えています。
—先日は個展も開催されていました。
nico 今年はムサビの映像学科の先輩と一緒に展示をしました。なかなか時間が取れませんが、クライアントワークだとなかなかできない「少し具合が悪くなる、でも気になる」ようなものをつくりたいです。
白鳥 インスタを見ていると、平面なんだけどプロジェクターで立体空間の中に出現させるといった作品も作られていますよね。助教・助手展ではグラフィックですが、メディアを問わず、平面だけど空間感もあってみたいな、そこの境界が曖昧になるような面白さがあるなと思いました。
nico ありがとうございます。プロジェクションの作品は自分の中では新たな試みでした。
林 インタビュー記事ですごく古いお絵かきソフトを使って描いてみたというのを読んで、そういうソフトの使い方があるんだなって。
nico まだ保育園くらいのころ、「KidPix」というソフトでずっと遊んでいて。おもちゃっぽい、子供用のお絵かきソフトなんですが、成長してからそのソフトを見ると世界観が「気持ち悪さを狙っていないけど気持ち悪くなっちゃってる」感じで。当時は「これがイケているぞ」と思って遊んでいたわけではないんですけど…。「この素材いいじゃん」と思い、最近なんとか入手して、それを取り入れながら新しいビジュアルを作ってみたりしました。小さい時は手描きでも絵を描いていたんですが、パソコンを触るのが人より早かった気がします。現在もその延長という感じです。
—イラストレーションやグラフィックに関心のある学生は多いと思うのですが、アドバイスがあればお願いします。
nico とにかくたくさん作って、たくさん人目につくようにSNSで発信したり、展示をしたりしてみてください。「私はこういうことができる人なんだぞ」というのをみんなに知ってもらえたら、それが何かにつながるかもしれません。私もまだまだですが、一緒にがんばりましょう。
nico ito
イラストレーター。1996年東京生まれ。2019年空間演出デザイン学科卒業。 夢の中やファンタジー小説など、“存在しない世界のワンシーン”をテーマに、未来的でありながらもレトロな要素も同居させるようなイラストレーションを制作している。
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