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「美大生におすすめの本20選」Vol.6:小林孝亘教授

掲載日:2021年4月28日(水)

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ムサビの先生方がお勧めする”美大生なら読んでおいてほしい本”、
第6回目は、油絵学科研究室の小林孝亘(こばやし たかのぶ)先生です。

小林孝亘教授(油絵学科)

小林孝亘教授(油絵学科)

 僕の読書は、小学生の頃はほとんどが漫画でした。中学から高校になると、夏目漱石や川端康成、三島由紀夫など日本の純文学を読むようになりました。浪人時代に「1年間で本を100冊読む」という目標を立てて、意識的に本を読むようになりました。自分と近い世代の作家を読もうと思ったのは大学に入ってからで、村上龍と吉本ばななを読みました。村上龍が「コインロッカーベイビーズ」のあとがきで、影響を受けた作家として大江健三郎を挙げていたので読んでみようと思い、初期作品をいくつか読みました。そういった繋がりで開高健や吉行淳之介、中上健次や村上春樹などを読むようになり、バンコクで暮らしていた頃は、日本書籍専門の古本屋で推理小説やノンフィクションなど、面白そうだと思ったら手当たり次第に読んでいました。今ではジャンルや国を問わず、興味の向くままに何でも読んでいます。
 「何でも」とは言うもののやはり傾向というものがあって、名作と言われていても読んでいない本はたくさんあり、偏った読書をしていると思います。光、影、夏、南、海、島などという文字がタイトルや帯に入っているとつい手に取ってしまいますが、淡々とした語り口で、静かに時間が積み重なっていくような文体に惹かれます。 紹介した20冊の中にもそういった本が含まれていますが、時代や場所を超えて普遍性のある本を選んだつもりです。僕自身、本を読むことを通して自分自身を培ってきたと思っていますが、この中に1冊でも気になった本があって、手に取ってもらえたら嬉しいです。

〈小林先生のおすすめ本〉

開高健著, 新潮社, 1972
ベトナム戦争従軍記者としての自身の体験から書かれた「輝ける闇」「夏の闇」「花終る闇」の闇3部作の2作目です。戦場を離れて、旧知の女性と過ごしたひと夏の日々が濃密に描き出されています。豊かな語彙よってあらゆる感覚が刺激されます。善と悪、生と死など人間の本質について考えさせられます。

「黒い雨」 井伏鱒二著

広島の原爆の被曝者夫婦とその姪が、不安の中でひたむきに生きようとする様が日常を通して描かれていきます。現実を直視しながらも、淡々と静かに語られるからこそ、逃れようのないその悲惨さがひしひしと伝わってきます。

「プールサイド小景」 庄野潤三著

見るからに幸せそうなサラリーマン家庭に起こった危機的な状況が、夏のプールサイドの輝きや溌剌とした情景と対照的に語られていきます。プールの余韻と現実との微妙なバランスによって、読み進むうちに不思議な感覚になってきます。平穏な日常の中に潜む不穏さ、危うさが、水の揺らぎやきらめきに重なって見えてきます。

田中小実昌著, 河出書房新社, 2004
表題作「ポロポロ」と戦争体験からのエピソードを綴った6つの物語を収録した短編集。「ポロポロ」とは、牧師である作者の父の教会でのお祈りの際に、父も信者も皆が言葉にはならないことを叫んだり、呟いたりしていたという状況を、作者は耳に残った語感から「ポロポロ」と呼んでいたといいます。「祈りとは願うことではなく、ただ受けるべきものだ」という著者の言葉に共感を覚ました。

村上春樹著, 新潮社, 〔第1部〕1994 ; 〔第2部〕1994 ; 〔第3部〕1995
妻に去られた主人公が、自分に向き合いながら成長していく物語です。失った大切なものを取り戻すために、様々な状況を乗り越えて井戸の底にたどり着きます。そしてさらに深く自身の中へ降りていくことで、目の前の壁を抜けようとします。自分自身ととことん向き合うことでしか、限界を超えることはできないのだということを気付かせてくれます。

丸谷才一著, 文芸春秋, 1991
「垂直な壁に写る樹の影」に魅せられた主人公の物語。小説内小説のさらにその中の小説という複雑な構造で、様々な樹の影のイメージが重層的になり、結末はサスペンス的で、鏡の部屋に入ったような、夢の中にいるような感覚になりました。この小説は村上春樹の「若い読者のための小説案内」で紹介されていて読みました。それよりも以前、1996年に「House」というタイトルの家に樹影が映った絵を描いていたので、同じような感覚に驚きました。

保坂和志著, 中央公論新社, 1999
鎌倉を舞台に、幼い息子が発する素朴だけれど哲学的な問いかけに対して、父や近所の友人兄妹たちがそれぞれに思考を巡らせながら答えを考えます。穏やかに過きていく日常が、細やかな観察によって丁寧に描かれていて、散歩や食事といった当たり前の風景が思考の軌跡と相まって、とても豊かなものに感じられます。

堀江敏幸著, 新潮社, 2007
著者はモランディの論評など美術にも造詣が深く、小説家でありフランス文学者でもあります。この本は、山あいの静かな町、雪沼を舞台にして、そこに暮らす人々の日々の移ろいを端正な文章で綴った連作小説です。読み進めていくと、ひとつひとつの言葉の余韻がゆっくりと心に積み重なって、暖かいけれど切ないような不思議な感覚に満たされます。

柴崎友香著, 新潮社, 2014
離婚したばかりの36歳の女性が主人公です。彼女は夜毎、戦争や紛争のドキュメンタリー映像を観て「何故そこにいるのが、わたしではなくて彼らなのか」と考えます。存在とは何なのか、時間とは何なのかという問いかけに、自分自身の日常の小さな出来事と過去の出来事とを交錯させながら、それらを丹念に描くことで思考を重ねて、答えを導き出そうとしています。保坂和志が絶賛していて知った作家です。

アルベエル・カミュ著, 窪田啓作訳, 新潮社, 1958
母の死の知らせを受けた翌日に海水浴に行き、殺人を犯した主人公の男は「太陽のせいだ」とその動機を答えます。この作品は不条理の認識を極度に追求したと言われていますが、随所に散りばめられた夏のイメージは、太陽の光と熱の過酷さを助長して、銃の引き金を引く要因になってもおかしくないと思わせます。

ジャック・ロンドン著, 柴田元幸訳, スイッチ・パブリッシング, 2008
表題作の他に9作品が収録された短編集です。主人公の男が極寒の朝、犬とともにユーコン川沿いの森を抜け、仲間のいる場所へ行こうとします。零下50度よりもさらに気温が低い中でアクシデントが起こり、火を熾こさなければ生き延びられない状況に追いやられます。文章全体が、想像を絶する寒さの描写で満たされています。極限状態での人の意識の変容が克明に描かれていて、底知れない恐怖を覚えます。その中にあって火のイメージは、一時であっても希望に繋がります。

レイモンド・カーヴァー著, 村上春樹訳, 中央公論新社, 2007
短編の名手といわれている著者の12の短編が収録されている作品集です。表題作の「大聖堂」は、ある夫婦と妻の盲目の男友達との束の間の交流が描かれています。夕食後、妻が先に寝てしまい最初は気まずかった夫と友人は、テレビを見ているうちに打ち解けて、画面に映し出された大聖堂について話し合ううちに2人で絵を描き始めます。お互いの魂が触れ合い共鳴するラストの感動は、カーヴァーの抑制の効いた文体ならではだと思います。

金子光晴著, 中央公論社, 1978
著者は多くの抵抗詩を描いてきた詩人です。この本は、昭和3年から7年にかけて、マレーシアを中心にシンガポール、インドネシアへの旅を紀行文にまとめたものです。当時はまだ未開の地で、多くの日本人が財を為そうとゴム園や炭鉱を開いて住んでいたといいます。「南洋」と呼ばれていた地域の濃密で圧倒的な自然と、そこに生きるものの営みが、冷静な観察による鋭い言葉で、詩のように綴られています。生命の豊かさと儚さに思いが巡ります。

河合隼雄著, 講談社, 1995
鎌倉時代前期の華厳宗の僧侶、明恵坊高弁は、自身が見た夢を生涯にわたって書きとめて解釈し、それを自身が生きる上での指針にしました。フロイトの「夢判断」よりも遥か昔に書かれた彼の「夢記」を、ユング分析家でもある心理学者の著者が丹念に読み解いています。明恵という人間を通して、夢というものの不可思議さに触れることのできる1冊です。

全東洋街道 上・下

藤原新也著, 集英社, 〔上〕1983 ; 〔下〕1984
大学1年の時に出会った本です。著者による、アジアの西の果てイスタンブールから極東の日本までの402日に及ぶ旅の記録で、短い文章が添えられた写真と、訪れた土地で出会った人々とのエピソードを綴った文章とで構成されています。写真に漂う湿度や熱気、大らかさや不穏さは、文章と混ざり合うことで濃密な人の気配となってページから立ち現われてきます。今思えば、バンコクに住むことになったのも、少なからずこの本がきっかけになっています。

平田オリザ著, ウェイツ, 2003
劇作家、演出家の平田オリザが、インタビューに答える形で進められる演劇と劇団の運営に関する話です。明快で論理的な話はとてもわかりやすく、演劇のリアルとは何かを考えることは、単なる演劇論を超えて「表現する上でのリアルとは何か?」という本質的な問いかけに通じていると思います。

保坂和志著, 中央公論新社, 1999
鎌倉を舞台に、幼い息子が発する素朴だけれど哲学的な問いかけに対して、父や近所の友人兄妹たちがそれぞれに思考を巡らせながら答えを考えます。穏やかに過きていく日常が、細やかな観察によって丁寧に描かれていて、散歩や食事といった当たり前の風景が思考の軌跡と相まって、とても豊かなものに感じられます。

頭木弘樹著, 筑摩書房, 2020
僕は落語が好きで、寄席や落語会などにもよく行っています。この本は、落語の演目の説明から入り、それが何故面白いのかを、昔話などの口承文学独特の文体、語り口と関連付けて分析していきます。さらにカフカや漱石の著作とも関連付けていき、読んでいるとふと自分自身の作品のことを考えていました。落語が好きな人にも、落語を聴いたことがない人もお勧めの本です。

デイヴィッド・ホックニー, マーティン・ゲイフォード著, 木下哲夫訳, 青幻舎インターナショナル, 2020
絵画に留まらず、様々なメディアを用いて制作に取り組んできたデヴィッド・ホックニーが、美術批評家のマーティン・ゲイフォードとの対話を通して、古今東西の画像(この本では立体を平面上に表現したもの指しています)を例に挙げながら、なぜ、どのように画像は作られてきたのかということを思考しています。「画像はどれも、目で見たものの説明だ」という冒頭のホックニーの言葉は、目から鱗でした。

ゲンセンカン主人

つげ義春著, 双葉社, 1984
表題作の他「ねじ式」「沼」「海辺の叙景」「やなぎ屋主人」など、つげ義春の代表作を含めた12作品が収録されています。つげ義春の描く主人公は、どちらかといえば暗く、現実から逃避しようとしては、好んでダメな方へ向かおうとします。その姿に不安を感じながらも、何故だか親近感を覚えてしいます。作品によって描き方が変化していますが、1枚の絵として見ても優れていると思うコマがいくつもあります。

当館所蔵資料:つげ義春全集(全8巻+別巻1冊) つげ義春著, 筑摩書房, 1993-1994
『ゲンセンカン主人』に収録されている12作品は全てこの全集で読むことができます。
  • 山椒魚
  • 通夜
  • 海辺の叙景
  • 峠の犬
  • 初茸狩り
  • 古本と少女
  • チーコ
  • 噂の武士
  • やなぎ屋主人
  • ねじ式
  • ゲンセンカン主人

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