ムサビの先生方がお勧めする”美大生なら読んでおいてほしい本”、第12回目は、教養文化・学芸員課程研究室の加藤幸治先生です。
「物語ること・記述すること」
わたしが専門としている民俗学では、フィールドワークをおこないます。フィールドワークでは、じっくりお話を聞くインタビューを大切にします。いくつもの地域で聞いてきた、忘れえぬ人々の語りは、研究データとなるだけでなく、わたしの人生観や文化観をかたち作ってきました。
インタビューはQ&Aではありません。話者とわたしの関係性を前提にして、その時の話の展開によって、その場その場で生み出されるものです。別の機会に同じ話を聞いたら違う感じになるし、別の人が聞いたら語り方も変わります。そこには対話(ダイアローグ)が不可欠で、話者がわたしに対して、あるいはわたしが書くものの読者に対して、ときには自問自答するように「物語る」のです。
美大生に知ってほしいことは、対話によって生まれる「物語」の豊かさには底知れぬ魅力があるということです。それが災害や戦争、病気、差別などの辛い経験談であっても、それが話者と聞き手の関係性によって「物語」として語られるとき、その言葉に他に代えがたい感動を覚えることがあります。語りは、その人が生きた証。民俗学者や文化人類学者が、さまざまなかたちで聞いて記述したものを、みなさんにご紹介しましょう。それが「人間」の魅力にふれる機会となればいいなぁと思っています。
加藤先生による紹介動画
〈加藤先生のおすすめ本〉
テーマ「物語ること・記述すること」を理解するための3冊
記憶すること・記録すること : 聞き書き論ノート香月洋一郎著, 吉川弘文館, 2002 |
物語の哲学野家啓一著, 岩波書店, 2005 |
職場・学校で活かす現場グラフィー清水展, 小國和子編著, 明石書店, 2021 |
柳田国男原作, 石井徹訳注, 無明舎出版, 2012 |
民俗学者・柳田國男が岩手県遠野出身の文学青年・佐々木喜善から聞いた民譚を、醒めた文体で淡々と描いた独自の文学作品。原書は明治の文語体で難解ですが、魅力的な現代語訳で味わってほしい。 |
〈読み解くためのもう1冊〉
柳田國男民主主義論集柳田國男著, 大塚英志編, 平凡社, 2020 |
萱野茂著, 山と溪谷社, 2020 |
萱野茂著, 山と溪谷社, 2020 |
アイヌ文化研究に生涯を捧げた萱野茂は、膨大な数の昔話(ウウェペケレ)や英雄叙事詩(ユカラ)、子守唄(イフンケ)などを記録して出版した。物語と歌謡から、アイヌの世界観に触れてほしい。 |
〈読み解くためのもう1冊〉
アイヌの碑萱野茂著, 朝日新聞社, 1990 |
後藤明著, 小学館, 1999 |
海霊や水霊の信仰の系譜を、神話の比較から探るダイナミックな神話論。近年話題となっている、自然の生きものや自然現象に人格を見出す神話研究の「多自然主義」にも通じる興味深い神話を収録。 |
〈読み解くためのもう1冊〉
森は考える : 人間的なるものを超えた人類学エドゥアルド・コーン著, 近藤祉秋, 二文字屋脩共訳, 亜紀書房, 2016 |
江口一久 文, アキノイサム画, 国立民族学博物館編著, 梨の木舎, 2003 |
サバンナの牧畜農耕民フルベの口承文芸を、生涯にわたり採集した民族学者・江口一久による展覧会図録。展示場では、フルベの語り手の女性を中心に、来館者がくるま座に囲んでお話に耳を傾けた。 |
〈読み解くためのもう1冊〉
ぼくの村、カメルーン・フルベ族の人びと「ひとつよろしく。」江口一久著, 梨の木舎, 2009 |
小長谷有紀著, 東京書籍, 1992 |
モンゴル研究の第一人者小長谷有紀が、現地で収集した諺をもとに遊牧民の生活と自然観を紹介した珍しい形式の本。同編著『大きなかぶはなぜ抜けた:謎とき世界の民話』も民話の魅力を知る好著。 |
〈読み解くためのもう1冊〉
「大きなかぶ」はなぜ抜けた?小長谷有紀編, 講談社, 2006 |
野本寛一著, 白水社, 2000 |
生態民俗学者・野本寛一が、フィールドで出会ったふつうの人々の魅力を、話者の言葉によって力強く記述した本。現代民俗学で最高峰のフィールドワーカーの、インタビューの極意が垣間見られる。 |
〈読み解くためのもう1冊〉
暮らしの伝承知を探る野本 寛一, 赤坂 憲雄 編, 玉川大学出版部, 2013 |
松谷みよ子著, 筑摩書房, 2004 |
絵本作家・松谷みよ子は、昔話だけでなくホロコーストや被曝体験、学校の怪談、震災の語りなどを「現代民話」として出版し続けた。本書は臨死体験や生き返り話によって現代人の心性を描出した。 |
〈読み解くためのもう1冊〉
現代の民話: あなたも語り手、わたしも語り手松谷みよ子著, 中央公論新社, 2000 |
〔すべて〕 宮本常一, 山本周五郎 ,揖西光速 ,山代巴監修, 平凡社, 1995 |
本学名誉教授の宮本常一が編集者谷川健一の企画のもと、各時代の困難を生きてきた人々の過酷なエピソードによって「民衆の生活史」を浮き彫りにした名作。どの話も切実で残酷で、しかし力強い。 |
〈読み解くためのもう1冊〉
忘れられた日本人宮本常一著, 岩波書店, 1984 |
ブルンヴァンの「都市伝説」コレクション〔すべて〕 ジャン・ハロルド・ブルンヴァン著, 新宿書房
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アメリカ民俗学は口承文芸や口頭伝承研究が中心だが、ブルンヴァンはそれまで農村を中心に調査されてきた民話収集法を、都市にあてはめて実践し、「都市伝説」と呼ばれるジャンルを生み出した。 |
「日本の現代伝説」シリーズ〔すべて〕 白水社 |
1980年代の民俗学では、「都市民俗学」が流行した。学校や職場で語られる噂話や世間話から、都市に特有な情報のあり方が論じられた。こうして民話研究は、「現代伝説」やハナシ研究に拡張された。 |
〈読み解くためのもう1冊〉
口承文芸の研究〔すべて〕 常光徹著, 角川書店, 2002 |