ムサビの先生方がお勧めする”美大生なら読んでおいてほしい本”、第14回目は、彫刻学科研究室の冨井大裕先生です。
行き当たりばったり、を肯定する
私は、皆さんにお薦めできるほど本を読んではいません。ただし、本は持っているほうだと思います。読むのが遅いのです。読んでいると、その内容をきっかけに色々なことを考えてしまう。で、読み進めることができない。そんな私が、武蔵美で学ぶ皆様にお薦めしたい6冊です。通底しているのは、行き当たりばったり、を肯定していること。「目的は忘れよう」という態度が文字になっている。本に期待してしまうが故に、本から離れてしまう。そんな人にどうでしょうか。
書棚について
引越しをしています。新たな倉庫に手製と既製の棚を組み合わせて本の居場所を作りました。全く片付いていませんが、こういう本の見え方も面白いのではないかと思ったりもします。「読まなくとも、本は本棚にあるだけで持ち主に経験を与えてくれる」という様なことを、知り合いの批評家に言われたことがあります。うろ覚えの助言ですが、そうだと思います。すぐに読まなくても、持っていたいと思った本は、自分の空間に置くことをお奨めします。
〈冨井先生のおすすめ本〉
1964年のジャイアント馬場柳澤健著, 双葉社, 2014 |
越境と覇権 : ロバート・ラウシェンバーグと戦後アメリカ美術の世界的台頭池上裕子著, 三元社, 2015 |
全く違う二人についての本に思えますが、自身をめぐる周囲の変化と高まる名声の中、自身をどの様に値踏みし、行動していったかという観点では似ています。思った通りの自分にはなれないということ。鍵となる舞台が戦後のアメリカであるという点も共通しています。 |
「見仏記」シリーズ(いずれも) いとうせいこう, みうらじゅん 著 |
見仏記中央公論社, 1993 |
秘見仏記中央公論社, 1995 |
見仏記 : 海外篇角川書店, 1998 |
秘見仏記ガイドブック角川書店, 2012 |
作品鑑賞は、基本この姿勢でOKだと思います。 |
彫刻の呼び声峯村敏明著, 水声社, 2005 |
一応、専攻学科の関連書物も。自他共に認める「彫刻好き」の美術評論家による彫刻論集。定説としては彫刻と呼ばれていない作品ですらも彫刻の範疇で思考し、語り尽くす偏りには敬意しかありません。正しさや多数の論理が叫ばれる時勢の中、この本が示す批評の姿勢には彫刻関係者でなくとも大いに学ぶべきものがあります。 |
ラインズ : 線の文化史ティム・インゴルド 著, 工藤晋訳, 左右社, 2014 |
線(ライン)を、歌う、織る、歩くなど描くや書くに収まらない、多様な角度から探っていく「線の旅行記」。冒頭に記した「行き当たりばったり、を肯定する」仕組みがこの本には記されています。 |
定義谷川俊太郎著, 思潮社, 1975 |
この詩集の中に「コップへの不可能な接近」という詩があります。「コップ」という概念、言葉を使わずにコップを記述するという詩(試み)ですが、私はこの詩に人間が忘れてはいけない表現の基本を見ます。〇〇は〇〇だと言い切れてしまうことに疑いを持つこと。そこから表現をはじめるという難しさの中で、私たちは表現を楽しんでいます。 |