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「美大生におすすめの本」Vol.15:松浦寿夫氏(元 美学美術史研究室教授)

掲載日:2022年5月21日(土)

図書館 イメラ

ムサビの先生方がお勧めする”美大生なら読んでおいてほしい本”、第15回目は、画家、美術批評家の松浦寿夫氏です。2021年度まで本学美学美術史研究室の教授を務めていらっしゃいました。
イメージライブラリーの映像資料もご紹介いただいています。

松浦寿夫氏(元 美学美術史研究室教授)

松浦寿夫氏(元 美学美術史研究室教授)

図書館では共通の分類法に基づいて図書の配列が行われています。これに対して個人の蔵書は多くの場合、個々の関心領域によって独自の配列のもとに組織されています。そして、隣接関係の変化によって同じ図書がまったく異なった相貌を露わにすることもあります。まったく無関係にみえる対象との隣接性こそが発見の好機ともいえます。ここでは、いくつかの教育的な隣接関係を提示しますが、当然のことながら、この隣接関係は解体されることを求め、新たな編成に開かれ、またそれを待機しています。

〈松浦先生のおすすめ本〉

1. セザンヌ

ジョワシャン・ガスケ著, 與謝野文子訳, 岩波書店, 2009

1-a. セザンヌの手紙

ジョン・リウォルド編, 池上忠治訳, 美術公論社, 1982

1-b. セザンヌ回想

P.M.ドラン編, 高橋幸次, 村上博哉訳, 淡交社, 1995

1-c. 眼と精神

モーリス・メルロ=ポンティ著, 滝浦静雄, 木田元訳, みすず書房, 1966

1-d. セザンヌのエチュード

ジャン=クロード・レーベンシュテイン著, 浅野春男訳, 三元社, 2009

1-e. 知覚の宙吊り

ジョナサン・クレーリー著, 石谷治寛, 大木美智子, 橋本梓訳, 平凡社, 2005

1-f. フランシス・ベーコン 感覚の論理学

ジル・ドゥルーズ著, 宇野邦一訳, 河出書房新社, 2016

1-g. 青と緑

ヴァージニア・ウルフ著, 西崎憲編訳, 亜紀書房, 2022

1-h. セザンヌ/ルーヴル美術館※映像資料

ダニエル・ユイレ, ジャン=マリー・ストローブ監督 (公開 : 1982〜)

1-i. あなたの微笑みはどこへ隠れたの?※映像資料

ペドロ・コスタ監督 (公開 : 2001)

1-j. 歩く、見る、待つ

ペドロ・コスタ著, 土田環編訳, ソリレス書店, 2018

ガスケによる『セザンヌ』はその信憑性に関して疑問な点もありますが、セザンヌの制作と思考を把握するうえできわめて示唆的です。aとbはさらにこの理解に手がかりを与えてくれます。dとeはセザンヌの美術史的な理解にとって極めて有用な著作になります。cはセザンヌをつねに自らの思考の導き手としてきた哲学者による著作です。武蔵野美術大学出版局から詳細な解説を伴った富松保文先生による翻訳も刊行されています。なお、このメルロ⁼ポンティの『知覚の現象学』という著作はロバート・モリスをはじめとするミニマル・アートの作家たちや、この動向への批判を担った批評家マイケル・フリードに対しても大きな影響を与えました。fはフランシス・ベーコン論として書かれた著作ですが、セザンヌ論として読むこともできます。実際、題名の「感覚の論理学」という語はセザンヌが用いていた表現です。また、セザンヌの理解はイギリスにおいて重要な展開を示しますが、gは感覚の原子の記述という点での文学的な試みなります。hは映画作品ですが、ガスケの著作の一節が朗読されます。また、iもまた映像作品ですが、ユイレとストローブの厳密な編集作業を記録した作品です。ショットとショットとの連結作業の厳密さはセザンヌの制作における離散的な筆触の連結作業の厳密さを想起させます。jはコスタの日本での講演、講義の記録です。最後の講演はガスケの著作の朗読で終わります。

2. 知られざる傑作

オノレ・ド・バルザック著, 水野亮訳, 岩波書店, 1965

2-a. 生成

ミッシェル・セール著, 及川馥訳, 法政大学出版局, 1983

2-b. カドミウム・イエローの窓

ユベール・ダミッシュ著, 岡本源太[ほか]訳, 水声社, 2019

2-c. 受肉した絵画

ジョルジュ・ディディ=ユベルマン著, 桑田光平, 鈴木亘訳, 水声社, 2021

2-d. 美しき諍い女※映像資料

ジャック・リヴェット監督 (公開年 : 1991)

バルザックのこの短編小説は天才的な画家の失敗の物語と解釈されがちですし、実際、アメリカ抽象表現主義が登場した時代のジャーナリズムで、この物語が引き合いに出されることが頻繁におこりました。とはいえ、このきわめて深く予見的な内容を備えた小説が1830年代に書かれたことはやはり驚異的としか言いようがありませんし、多くの芸術家たちに示唆を与えました。セザンヌはバルザックの愛読者でしたし、この物語の主人公に自己同一化したかのような描写がガスケの著作にあります。また、ピカソはこの小説のヴォラール版で挿画用の版画作品を制作しています。bとcはこの物語の美術史的な射程を明らかにしてくれます。また、aはこの物語に秩序形成をめぐる科学哲学的な次元を見出し、カオス論の思考として注目しています。つまり、デッサン/色彩という対立関係が制作の技術的な次元を横溢して世界を把握する思考の様態それ自体に関わることがわかります。そして、dはこの物語を題材とした映画作品です。

3. 失われた時を求めて(プルースト全集)*

マルセル・プルースト著, 井上究一郎訳, 筑摩書房, 1984~1989

3-a. プルーストとシーニュ[増補版]

ジル・ドゥルーズ著, 宇波彰訳, 法政大学出版局, 1977

3-b. プルースト的空間

ジョルジュ・プーレ著, 山路昭, 小副川明訳, 国文社, 1985

3-c. 小説の準備

ロラン・バルト著, 石井洋二郎訳, 筑摩書房, 2006

3-d. プルースト/写真

ブラッサイ著, 上田睦子訳, 岩波書店, 2001

3-e. 見ることからすべてがはじまる

アンリ・カルティエ=ブレッソン著, 久保宏樹訳, 読書人, 2021

プルーストのこの巨大な長編小説はそれ自体として卓越した作品であると同時に多くの刺激を様々な領域に波及させることになりました。aはこの小説を記号の習得の物語として緻密に解読すると同時にドゥルーズの哲学への格好の導入にもなりえます。それはまた、制作における何らかの失敗がそれ自体として無数の予想外の新奇な記号を発信するがゆえに制作者に有用であることも教えてくれます。bは時間をめぐる物語の様相を提示するこの小説の空間的な編成に注目した著作ですが、とりわけ並置/重ね合わせという二つの様態に関する考察は画家にとって示唆的です。というのも、絵画制作の具体的な場面で、われわれは筆触の配置に際して、たえず並置/重ね合わせという様態に依拠するからです。cは講義録なのですが、一人の批評家がこれまでの批評活動から小説の執筆に移行しようとする際にプルーストを導きの糸としていることがわかります。そして、誰もが道半ばで新しい生を開始できることを教えてくれるという点でも感動的です。また、プルーストのこの作品では写真の比喩が重要な役割をはたします。dとeでは二人の写真家によるプルーストへの言及を見出すことができます。
* 抄訳版(鈴木道彦訳, 集英社, 1992)の所蔵あり

4. エクリ

アルベルト・ジャコメッティ著, 矢内原伊作[ほか]訳, みすず書房, 1994 (新装版 : 2017)

4-a. ジャコメッティとともに

矢内原伊作著, 筑摩書房, 1969

ジャコメッティの文章を集めたこの著作はこの芸術家の思考を理解する参考になるばかりでなく、多くの示唆を与えてくれます。ジャコメッティはきわめて美しい文章の書き手でしたが、例えばその短いとはいえきわめて美しいアンドレ・ドラン論をお読みになってみてください。ドランを語っていますが、ここで語られている制作態度はジャコメッティ自身の制作態度でもあると思います。aはジャコメッティの特権的なモデルであった著者がその制作の様相を克明に記述したものです。これ以外にも、ジャン=ポール・サルトル、ジャン・ジュネ、ミシェル・レリス、イヴ・ボンヌフォワといった多くの著者のジャコメッティ論はいずれもきわめて示唆に富んでいます。

アンリ・マティス著, 二見史郎, みすず書房, 1978 (新装版 : 2018)

5-a. マチスとピカソ

イヴ=アラン・ボア著, 宮下規久朗監訳, 関直子, 田平麻子訳, 日本経済新聞社, 2000

ドミニック・フルカッドの編纂したこの著作はマティスの言葉を様々な資料体から主題ごとに整理、配列した著作です。この画家の雄弁さに圧倒されますが(例えば、彼の同時代の友人であったピエール・ボナールの場合、残された言葉はごく僅かです)、単にマティスの制作の理解の枠組みを超え出て、われわれの制作にとっても多くの示唆をあたえてくれます。aは優れた美術史家による著作の翻訳で、マティスとピカソという二人の同時代の芸術家が相互の作品に対してどのように反応したかを明晰に分析しています。

6. ミスター・オレンジ

トゥルース・マティ作, 野坂悦子訳, 平澤朋子絵, 朔北社, 2016

6-a. 抽象の力

岡﨑乾二郎著, 亜紀書房, 2018

6-b. 感覚のエデン

岡﨑乾二郎著, 亜紀書房 2021

6-c. 絵画の力学

沢山遼著, 書肆侃侃房, 2020

6-d. 抽象と感情移入

ヴィルヘルム・ヴォリンガー著, 草薙正夫訳, 岩波書店, 1953

6-e. 千のプラトー

ジル・ドゥルーズ, フェリックス・ガタリ著, 宇野邦一[ほか]訳, 河出書房新社, 1994

2011年にハーグ市立美術館にモンドリアンの常設展示館が開館する際に依頼されて著者が執筆した児童文学作品です。ニューヨークのアトリエで「ヴィクトリー・ブギウギ」を制作中のモンドリアンと彼にオレンジを届けるライナス少年との交流の物語です。ネーデルランドがスペインから独立した際の最初の国王がオレンジ公ウイリアムであったことから、オレンジは勝利のイメージと結びつきます。そしてモンドリアンが制作中の作品の題名にも勝利という語が含まれています。その意味で、この物語は未来の芸術の勝利の物語であるともいえます。aおよびbは抽象という問題群を理解するうえで重要な著作です。また、同様にcも多くの示唆をもたらしてくれるはずです。dは抽象という問題群の形成に際して重要な役割をはたした著作ですが、また同時に抽象という問題群と装飾との連関を考えるうえでも貴重な著作です。eは1−fと同様にヴォリンガーのゴシック美術に関する著作(『ゴシック美術形式論』文春文庫 *)に依拠して刺激的な議論を展開しています。
* 当館では岩崎美術社版(1968)を所蔵

7. ART SINCE 1900 図鑑1900年以後の芸術

ロザリンド・クラウス, イヴ=アラン・ボワ[ほか]著, 尾崎信一郎 [ほか] 編, 東京書籍, 2019

1900年から2015年までの美術の展開を各年ごとに記述した大著。また、著者は『オクトーバー』に依拠する批評家たちで、現時点における最新の研究成果と批評的な問題群に依拠して書かれた20世紀美術のもっとも充実した参考図書としてあげておきます。関心のある部分を読むようにして、随時立ち返るように手に取ることができます。

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