貴重書について

当館には貴重書・準貴重書と称して特別に保管・別置、利用の制限を設けている資料群があります。
準貴重書である国内・国外の展覧会カタログ約50,000冊、絵本約5,000冊、はそれぞれ当館1階のカタログギャラリー絵本ギャラリーに、また歴史的・文化的な視点、デザイン的な視点から集めた研究資料「本の本」約500冊がブックギャラリーに配架され、閲覧のみの利用が可能です。
貴重書については、当館1階の貴重書庫に保管されており、利用を制限しています。
ここでは当館所蔵の貴重書のうち、コレクションの一部を紹介します。

20世紀アヴァンギャルド資料

20世紀アヴァンギャルド資料

20世紀のアヴァンギャルドとは、20世紀初頭のヨーロッパ各国や東欧、ロシアにおけるアヴァンギャルド運動に端を発した革新的なデザイン運動の総称として用いられています。当館の近代デザイン研究コレクションの一つには、グラフィックデザインの歴史のプロセスがどのように視覚化されてきたかを俯瞰する研究資料として、エル・リシツキーの『二つの正方形の物語』『声のために』等をはじめとしたロシア・アヴァンギャルド関連資料や現代のピクトグラムに連なる視覚言語アイソタイプを考案したオットー・ノイラート関連資料など、20世紀アヴァンギャルド資料が体系的にコレクションされています。

左上
『ヴフテマスの建築』エル・リシツキー(1927年)
右上
『諸芸術主義 1914-1924』エル・リシツキー(1925年)
右下
『声のために』エル・リシツキー(1923年)
左下
『ゲセルシャフト・ウント・ヴィルトシャフト(社会と経済)』オットー・ノイラート(1930年)

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雑誌資料

雑誌資料

20世紀アヴァンギャルド運動においては、エル・リシツキーをはじめとしたデザイナーや作家たちの手になる雑誌や機関紙等に表現された視覚的なタイポグラフィや写真、デザイン手法、デザイン理論などが日本のグラフィックデザインの動向にも多大な影響を与えました。特にリシツキーが関わった国家宣伝雑誌『USSR』、ハートフィールドが手掛けた反体制雑誌『AIZ』の表現手法「フォトコラージュ」は、戦時下の日本において原弘らに影響を与え、わが国でもグラフィックデザインの新たな手法として流用されました。
これらの20世紀アヴァンギャルド雑誌は当館の誇る貴重な研究コレクションの一つです。

左上
『USSR(建設のソ連邦)』《1937年1月号「労働者と農民の赤い海軍」》エル・リシツキー(1937年)
右上
『AIZ(労働者画報)』《15巻20号(裏表紙)「スペインとフランスを見よ!」 》ジョン・ハートフィールド(1936年)
『USSR(建設のソ連邦)』《1938年5/6月号「極東地域」》エル・リシツキー│(1938年)

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和装本資料

和装本資料

当館の和装本コレクションは絵巻物から奈良絵本、御伽草子、仮名草子、浮世草子、絵手本、浮世絵本、ちりめん本までグラフィックデザイン資料の一環として位置づけられた研究資料であり、「わが国における絵本の成り立ち」をたどることができる体系的コレクションの一つです。日本独特の活字や印刷技法、和紙の使い方、綴じ等の造本技術、絵具の材料、挿絵の技法などヨーロッパの挿絵本、絵本との制作プロセスの違いやその成立の背景など、西洋とは異なるわが国独自の絵本の歴史と変遷をたどることができます。また、これらの和装本に連なる現代の絵本コレクションも充実しています。

『ふんしゃう』(寛文延宝年間)写本奈良絵本
『偐紫田舎源氏』柳亭種彦(作)、歌川国貞(画)(文化12 年〜天保13 年)合巻
『鳥羽絵三国志』大岡春ト(宝暦頃)多色刷絵手本

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博物図譜資料

博物図譜資料

当館にはグラフィックデザインに関する研究資料として集められてきた多くの博物図譜があります。それらは人体構造のしくみを描いた美術解剖図譜や、近代科学の発展とともにヨーロッパで流行した探検航海の成果物である動植物等の標本を克明に記述した博物図譜に代表されます。こうした図鑑ともいえる図譜の制作は手作業、分業を中心とした手間のかかる仕事でしたが、さまざまな技法を駆使して描かれた美しい手彩色の絵が特徴といえます。
現在、図像学の観点から、またグラフィックデザインにおける視覚表現史の視点から、博物図譜コレクションの研究活用が進んでいます。

『Dissection of the human body』George Viner Ellis(1876年)
『The bones and ligaments of the human body』Jones Quain(1842年)
『Voyage autour du monde』Louis Claude Desaulese de Freycinet(1824年)

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