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「美大生におすすめの本」Vol.16:新見隆教授(美術館・図書館館長)

掲載日:2023年5月2日(火)

図書館 イメラ

ムサビの先生方がお勧めする”美大生なら読んでおいてほしい本”、第16回目は、2023年4月当館の館長に就任した新見隆教授(教養文化・学芸員課程研究室)です。

新見隆教授(教養文化・学芸員課程研究室)

生涯の友-この一冊の、深き慰めを求めて

[なぜ、読書が大事なのか?]

 よく言われる話しだけれど、人は一生に何人の友だちが要るのだろう?
 もちろん、人によって、その考えや人生によってちがう。僕はそんなに人間が好きじゃないから、そうだなあ、五人、というところか。単なる知り合いや友人じゃない、本当に心を許せる、その人のためだったら命まで捨てられる、困っていたらすべてを捨てて駆け参じる、そんな親友は、五人もいたら、十分だろう。僕の場合にはその幾人かは、もう向こうの世界へ旅立ってしまった。まあ、あの世でまた、会うだろうけれどね。
 本も同じじゃないだろうか。百冊の本を、浅く読んだり、軽く知っているより、一冊の本に心を動かされ何度も読む、付き合う、困ったり、悩んだりするたびに手にとって、その時の感動に救われる。そんな本を、五冊持っていないと、人は本当の意味では生きてゆけないのではないだろうか。
 ここにあげるのは「おすすめ」でも、もちろん巷で流行っている「ハウツー本=そんなもんで自分の人生が変わったら、そんな人生こそゴミ箱行き?じゃないだろうか」でもない。
 ただ言えるのは、どれも、僕の心の宝、魂の友、というだけだ。
 難しい(というのを、どう定義するか難しいけれど)本、小難しい理屈を振り回す本は、ここにはない。読み易い。さほど長くない。読もうと思えば、半日。
 その第一弾、としよう。ニイミ読書塾の初級編である。中級は、また次回。

[無人島に持ってゆく本]

 昔、鶴見俊輔という偉い社会学者が、こう言っていた。と、記憶する。
 無人島に行くとしたら、そしてただ、一冊だけ本を選べ、と言われたら、こういう本を選べ、と。
 本には、乱暴に言って、四種類の区別が?あるとしよう。
 「分かり易い本」、と「分かり難い本」があり、そして、「面白い本」、と「面白くない本」がある。当たり前だが、「分かり易くて、面白くない本」や、「分かり難くて、面白くない本」ははなからはねられるが、だが「分かり易くて、面白い」本も、持って行っちゃならん、と言う。
 つまり正解は、「分かり難くて、面白い本」なんだ、と。
 これ、つまりアートやデザインの真価を評価する時の基準と同じなんだよね。
 覚えておいて、いただこう。

〈新見先生のおすすめ本〉

春と修羅

宮沢賢治著, ゴマブックス, 2016

 明治以降の芸術世界で、天才を一人、と言われたらこの人になるだろう。ご存知、「雨ニモマケズ」の詩人、童話作家だ。東北は、岩手花巻、の巨人。このうえなく美しい、あの映像劇のような『銀河鉄道の夜』の人だ。農業高校の先生だったが、とうとう本物のお百姓さんになり、近隣のお百姓さんを集めて、農民芸術運動をやった。言葉が、キラキラした宝石のような無類のイメージを喚起する、という意味で、これを読まんなら、美大生とは、言えんのじゃないんかのお、君たちよ。

放浪記

林芙美子著, 日本近代文学館, 1969

 「私は古里をもたない、宿命的に放浪者である」。この殺し文句で颯爽と登場した、一文学少女の処女作で大ヒットして、映画や、演劇になった。明治の漱石大先生や鴎外博士など、人生や歴史をしかめっ面して語るばかり。美味しい食べ物の匂いや町の気配、人々の風情など、トント無関心。だが元気いっぱいの少女が、生きている都会の空気を身体いっぱいに吸って表現した。当時、田舎から都市に働きに出てきた我ら大衆元祖に、受けに受けたわけ。僕らは皆、故郷喪失者、なんだよ。

第七官界彷徨

尾崎翠著, 河出書房新社, 2009

 世にシュルレアリズム小説の代表作という。この人も、林芙美子の先輩。鳥取から新都建設ラッシュの大東京に出てきた。何が、シュールかというとこの短い小説、田舎から都会へ出てきて、変人の兄貴たちの世話をする少女の一週間を描いた小説の文章が、ぐにゃりグニャリ、さらりサラッと、なんとも不思議な変奏、転調をする音楽のようで、匂い、空気、気配を感じせさるのである。テーマは恋愛、しかも、兄貴が人糞で育てている苔の恋愛の、研究ときてる。奇妙奇天烈、大傑作。

陰翳礼讃 改版

谷崎潤一郎著, 中央公論社, 1995

 この頃、つまり戦前のある時期を伝統論争の時代という。なぜかわかるよね。日本が戦争に向かって走り始めるファシズムの時代。文化や芸術の方面でも「日本文化のエッセンスとはなんぞや」ということが話題になった。『細雪』や、『卍』など映画にもなった耽美派小説家で、西の谷崎、東の川端(康成)と称された。短いエッセイだ。読みようによっては、エロ爺さんの戯言、女性讃美、ともとれる。だが、多くのデザイナーや建築家たちが若者に勧める本、で必ず登場する奇書。

神さまの話 改版

ライナー・マリア・リルケ著;谷友幸訳, 新潮社, 2007

 ドイツ世紀末の詩人、『マルテの手記』で有名な、二十世紀最大の詩人(と僕は思うが)の、かわいらしい童話集。神さま、といっても、宗教の話ではない。これを書く前に、リルケはロシアを旅した。そこでの、敬虔で素朴に生きる人々の姿に打たれて、これを書いた。書かれているのは、すべて「見えないものを、見ようとする」人間の、魂や、心のあり方、のことだ。それをリルケは仮りに「神」と言っているわけ。つまり、何のこと?それはだねえ、「アート」のことだよ、諸君。

青春20世紀美術講座:激動の世界史が生んだ冒険をめぐる15のレッスン

新見隆著, 東京美術, 2022

 最後に、恥ずかしい自著。僕の授業のエッセンスをまとめたもの。僕は、身体で知っていることしか書かないし、話さないし、教えない。今からちょうど100年前、未曾有の大戦争がヨーロッパを襲った、インフルエンザで4人に1人が死んだ。だがちょうどこの時期、美術、音楽、文学、舞台芸術、それらの大革命、大冒険が、いっきょに起こった。芸術の大爆発だ。それらの革命が、僕らが当たり前に持っている不安やトラウマから生まれた逸話もいっぱい。乞うご期待。

「世界模型」としての、ミュージアム
―読んでつくる、読んで描く・食べる、ついでに「集める」

 僕が専門とするのは、ミュージアムについての学問。美術やデザイン、その歴史とならんで、そういうことを教えている。ミュージアムは、世界を編集する力、のことだ。皆さんが、今や手放せないiphoneは、ミュージアムの機能にひじょうによく似ている。このコーナーは、食に関する、僕のミュージアムだ。
 人間の最も知的で創造的な行為は、「遊び」だと思う。
 オランダの偉大な歴史学者、ヨハン・ホイジンガ(Johan Huizinga 1872-1945)は、ナチスの全体主義に反発し、軟禁されながら、それを批判する名著『ホモ・ルーデンス』(Homo Ludens)を書いた。世界中の文化の根っこにある遊びを考察した。「戦争なんか、やってる場合か!この馬鹿野郎どもめ!さあ、遊ぶ、ぞ」という、強烈なメッセージが込められている。文庫になってい、大部だが、美大生必読の書だ。手にとって、眺めるだけでもいい。
 このコーナーは、実はすべてが、この本へのオマージュである。
 本を読んで何か感じたら、そのイメージを膨らませて、つくってみる、「集めて」みる。
 本に食べもののことが書かれていたら、描いてみる、つくって食べて?みる。「レストラン・リテラチュール」。
 ミュージアムという、「偉大な遊び」のモノ真似、エピゴーネンだよ。

展示風景1
先生の「集めた」機内食の献立表や、各地御食事処の割り箸など

展示風景2
先生の作品とともに並ぶ、先生の収集物。書籍もあります

展示風景3
シモーヌ・ヴェイユの書籍やバルトークのCDが並べられた展示台

読書(文学)リテラシーとしての、造形あそび

 僕は、プロの美術作家じゃないが、生まれてこのかた、絵やコラージュや、人形をつくっている。
 個展とかも時にするから、「歌って踊れる学芸員」でもある。
 まあそれは置いておいて、読書をすると面白くなって、憧れというか夢がふくらんで、つい手が動いて、描いたり、つくったりしてしまう。オマージュ(讃歌)、という奴だな。
 さらに理屈でいうと、「読書リテラシー」=その本や、文学の本質にもっと自分の身体で肉迫するために、何かつくってみる。まあ、簡単にいうと、考えずにすぐ手が動くタイプか。
 林芙美子は、古里広島は尾道市、明媚な港町、つまり僕の郷里の大先輩。つくらいでか。
 尾崎翠は、変わらぬ大ヒーロー(ヒロイン)であって、昔、展覧会を企画したこともあり、幾つも、人形をつくった。今回は、主人公、小野町子と、『第七官界彷徨』の挿絵のつもりで描いたスケッチを紹介しよう。
 さらに谷崎は傑作『卍』の主人公、小悪魔みたいな、妖艶関西女子?光子。これは映画にもなって、名女優若尾文子が演じた。
 リルケ『神さまの話』は、一つひとつに、挿絵のつもりでつくった、コラージュと、パステル画を少しだけ。
 さあ、宮澤賢治だけは、まだ、だなあ。難物だけれど、まあいつかやるよ、必ず。

展示風景4
尾崎翠のコーナー。下の緑色の表紙の書籍は『尾崎翠全集』

展示風景5
谷崎潤一郎とリルケのコーナー。おすすめの本以外に先生が持参した書籍も多数並んでいます。自由に手に取って読んでみてください(持ち出しは厳禁)

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