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2019年10月14日(月)〜2019年11月9日(土)

武蔵野美術大学90周年記念 帝国美術学校の誕生―金原省吾とその同志たち

美術館 これから開催

武蔵野美術大学の前身となる帝国美術学校は、美術史家の金原省吾(1888–1958)とその同志たちによる「教養を有する美術家養成」という言葉を教育理念として1929年に開校した。本展では様々な問題を抱えながらも、美術教育の理想を求めて彼らが築いてきた本学の礎を紹介する。金原の日記や書簡などの文献資料、旧蔵の絵画などの作品資料から本学創立の実像とその人間関係に焦点を当てる。

会期
2019年10月14日(月)-2019年11月9日(土)
時間
10:00-18:00(土曜日、特別開館日は17:00閉館)
休館日
日曜日、祝日、10月24日(木)、28日(月)
※10月14日(月・祝)、27日(日)、11月4日(月・振休)は特別開館
入館料
無料
会場
武蔵野美術大学美術館 展示室2、アトリウム1
主催
武蔵野美術大学 美術館・図書館
協力
武蔵野美術大学 大学史史料室
武蔵野美術大学 美学美術史研究室
監修
朴 亨國(武蔵野美術大学 美学美術史研究室教授)
助成
社団法人 権鎮圭紀念事業会

お問い合わせ

お問い合わせフォームからお送りいただくか、下記までお問い合わせください。

武蔵野美術大学 美術館・図書館
電話:042-342-6003
Eメール:m-l@musabi.ac.jp

武蔵野美術大学と多摩美術大学の前身である帝国美術学校(以下、帝美)は、1929(昭和4)年10 月に開校し、本年で90 周年を迎えます。本展は、日本美術界の振興のため、官立の美術学校とは別の新たな美術教育を希求し、奔走した者たちの人間模様に迫る実資料と、その渦中にいた帝美第一回教授会メンバー全22 名の当時の作品や著作をあわせて展観することで、本学の礎を紹介する初めての試みとなります。
帝美の創立メンバーの一人である金原省吾( きんばらせいご、1888–1958)は晩年まで、当時の多彩な交流関係がうかがえる書簡や、開校までの足跡を仔細に綴った日記等を余さず保管していました。これらは当事者である金原の視点を知り得る貴重な一次史料として、本学の大学史研究で調査されてきましたが、その全貌は未だ明らかになっていません。展示では、本学共同研究「金原省吾の教育とその成果について」(研究代表者:本学美学美術史研究室教授 朴 亨國)を通して新たに紐解かれたこれら膨大な資料群の中から、帝美誕生の軌跡に迫る資料を抜粋して紹介します。そこには美術学校新設を目指した者たちの苦悩や情熱、複雑にからみ合う人間関係があらわれています。
同時に、当館で所蔵する金原旧蔵の作品や図書資料(金原文庫)を中心に、第一回教授会メンバーであり、日本近代美術史の一端を担った画家、デザイナー、美術史家などとして知られる平福百穂( ひらふくひゃくすい、1877–1933)、森田恒友( もりたつねとも、1881–1933)、杉浦非水( すぎうらひすい、1876–1965)、名取堯( なとりたかし、1890–1975)、板垣鷹穂( いたがきたかほ、1894–1966)ら22 名の作品や著作を展示します。書簡や日記同様、これら旧蔵作品も金原の多様な人脈を明らかにするものです。彼らのつながりをきっかけとして、「教養を有する美術家養成」という理念のもと集った22 名の同志たちの、当時の作品や研究業績を示す資料を展観することで、帝美が目指した美術教育の本質に触れる機会となるでしょう。

見どころ

Ⅰ 帝国美術学校第1 回教授会メンバー全22 名の作品や著作を展示
1929(昭和4)年10 月の帝国美術学校第1 回教授会には、金原省吾(1888–1958、東洋美術史教授)を含め、木下成太郎( きのしたしげたろう、1865–1942、校主)、北昤吉( きたれいきち、1885–1961、校長)、名取堯(1890–1975、主事)、平福百穂(1877–1933、日本画科長)、小林巣居( こばやしそうきょ、1897–1978、日本画科助手)、森田恒友(1881–1933、西洋画科長)、足立源一郎( あだちげんいちろう、1889–1973、西洋画科教授)、中川紀元( なかがわきげん、1892–1972、西洋画科教授)、清水多嘉示( しみずたかじ、1897–1981、西洋画科助教授)、丹慶俊二( たんけいしゅんじ、1903–1984、西洋画科助手)、杉浦非水(1876–1965、工芸図案科長)、藤井達吉( ふじいたつきち、1881–1964、工芸図案科教授)、新井三男( あらいみつお、1902–1983、工芸図案科助手)、板垣鷹穂(1894–1966、西洋美術史教授)、井上忻治( いのうえきんじ、1884–1976、独語・仏語・心理学教授)、木村泰賢( きむらたいけん、1881–1930、仏教学教授)、大宮健太郎( おおみやけんたろう、1896–?、英語教授)、一氏義良( いちうじよしなが、1888–1952、西洋画概論・工芸史教授)、今井兼次( いまいけんじ、1895–1987、建築学助教授)、岸田日出刀( きしだひでと、1899–1966、西洋建築史教授)、三木清( みききよし、1897–1945、美学教授)、以上の計22 名が参加しました。本展では、金原家より寄贈を受けた当館所蔵作品を中心に、帝美創立以前から開校当時にかけての22 名の作品や著作を展観します。また、これまでにあまり目に触れられることのなかった個人蔵の作品なども展示する予定です。
※本展では原則として、1929 年10 月当時の帝美事務文書等に記載された姓名(読み)や、雅号を使用しています。

Ⅱ 金原の日記や書簡の一部を初公開
日記や書簡に見られる金原の交流関係には、美術関係者のみならず、歌人や文化人も多く含まれており、金原の多彩な活動の一面をうかがい知ることができます。そのほか、島木赤彦(しまきあかひこ、1876–1926)や平福百穂からの影響が見られる金原の写生画など、初公開となる資料や、中国画壇の第一人者として知られる傅抱石( ふほうせき、1904–1965)など金原が交流した当時の留学生にまつわる作品や資料も展示し、創立期からその後も帝美の中心人物の一人であり続けた金原の、美術史家および教育者としての実像に迫ります。

出品作家紹介

金原省吾(きんばら・せいご)
東洋美術史家、美学理論家、教育家、歌人。1888(明治21)年長野県諏訪郡(現在の長野県茅野市)に生まれる。青年期にはアララギ派歌人、島木赤彦や日本画家、平福百穂に師事。島木の「写生」論は、金原に大きな影響を与える。早稲田大学文学科では、日本美術史家、美術批評家の紀淑雄( きのとしお、1872–1936)に美学と美術史を学び、1917(大正6)年に卒業。1921(大正10)年、紀が校長を務める日本美術学校の講師となる。1929(昭和4)年の帝国美術学校創立には名取堯らとともに創成期から携わり、約1 年で開校に至らせた。1947(昭和22)年校長代理を辞任後も顧問として教壇に立ち続け、1949(昭和24)年には新潟大学教育学部教授(芸能学科美学担当)に着任。1958(昭和33)年に没するまで、終生理想の美術教育を求め続けた。『絵画に於ける線の研究』(古今書院、1927年)はじめ多くの著作を残した。

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