ムサビの先生方がお勧めする”美大生なら読んでおいてほしい本”、
第2回目は、造形学部デザイン情報学科研究室の今泉洋(いまいずみ ひろし)先生です。
Aくんは、Bくん、Cくんという友だち2人と一緒に本を買いに行きます。
3人とも気になる本を見つけ、それぞれ「x」、「y」、「z」というタイトルの本を一冊ずつ買ったとしましょう。
つぎに文房具屋に寄って、それぞれが違う色、赤、緑、青の Frixion(PILOT社製ボールペン)を買います。
つまりAくんは「x」という本と赤いFrixion、Bくんは「y」と緑、Cくんは「z」と青というセットを持っていることになります。
では本を読んでみよう、ということになるんですが、ここでちょっとした手順に従います。
まず、本「x」の持ち主Aくんは赤のFrixionで、Bくんは「y」に緑で、Cくんは「z」には青で、それぞれの本を読みながら大事だと思ったところに線をひいたり、思いついたことをメモしたり、図を描いたりしていきます。
読み終えたとき、それぞれの本には自分の色で書き込みが残っています。
次にヘアドライヤーで全ページを熱します。
すると書き込みが全部消えます(知っている人も多いでしょうが、Frixonのインクの色は摂氏60度になると消えてしまいます)。
みんな同じように本の書き込みを消してもらったら、まっさらになった本を交換します。
Aくんは自分が読んでいた本「x」をCくんに渡し、Bくんは「y」をAくんに渡して、Cくんは「z」をBくんへ……という具合に順番に本を回していくわけです。
本の交換が終わったら2冊目の読書です。
Aくんは以前と同じ赤のFrixionで「y」に、Bくんは緑で「z」に、Cくんは青で「x」に、というぐあいに書き込みをすることになります。そして読み終わったら、またヘアドライヤーですべての書き込みを消してしまいます。
まっさらになったらまた本の交換です。今度も自分の色のFrixonで本に書き込みをしていきます。
読み終わったら、この状態ではAくんの手元には赤の書き込みがされた「z」が、Bくんは緑の書き込みの「x」、Cくんは青の書き込みの「y」といった具合になっているはずです。
さて、これまで二度ヘアドライヤーに活躍してもらいましたが、ここで交替。今度は冷凍庫に登場してもらいます。
手元の本を濡れないようにプラスチックバッグに入れるかラップなどで包み、零下20度以下の冷凍庫に一晩入れておきます。
そして本を取り出してページを開けてみると、そこには自分の書き込みに加えて、それ以外の2色の書き込みがあるはずです(零下20度になると一旦消されたFrixionの色が戻ることを知っている人は多くありませんが、こうした”余計な知識”が新しい用途をつくるのは知られた話です)。
それはともかく、印刷された文字や図版、そしてその上に重ねられた赤、緑、青の書き込みに見られるみんなのリアクション……同じ文章を読んでも、同じ図版を見ても、それぞれの目の向け方も、思うことも様々です。部分的には重なっていたり、なぜか微妙にすれ違っていたり、その解釈や連想の足跡がかたちになって残っています。そしてこれらの関係の読み解きが読書の第二幕の始まりなのです。本にはひとつの世界が綴じられています。歴史に残る叡智がえりすぐりの言葉で述べられていることも、美しい構造が奇跡のように並べられていることも、安っぽいポエムやくだらない自慢が散らばっていることもあります。しかしそれが本としてパッケージされている以上、どんなものでもひとつの世界に過ぎません。本という存在は我々の注意をとらえ、気をひきつけ、興味をかきたてて読む人の感覚や体験、知識を参照し、いろんな反応を生み出します。そしてそれらはさらに日常生活の中で交換され新しい広がりを作り出していきます。本というかたちで存在するいくつもの世界をつなぎ、宇宙として広げていくのは読者です。一冊の本は多くの読者の多様な解釈と複雑な連想をつくりだし、それらは時代のなかで再結合されてより大きな読書文化という宇宙をかたちづくっていくというわけです。
こうした仕組みをどのように装置化し、デザインするかというのは非常に興味深いんですが、それはまた別の話。まずは良い友だちを見つけ、一緒に本を読む時間をつくることから大学生活を始めてみてください。
〈今泉先生のおすすめ本〉
タイトル | 著者等 | 出版者 | 出版年 |
---|---|---|---|
読書について | ショーペンハウアー著, 鈴木芳子訳 | 光文社 | 2013 |
読んでいない本について堂々と語る方法 | ピエール・バイヤール著, 大浦康介訳 | 筑摩書房 | 2016 |
木を見る西洋人森を見る東洋人 : 思考の違いはいかにして生まれるか | リチャード・E・ニスベット著, 村本由紀子訳 | ダイヤモンド社 | 2004 |
クリエイティブの授業 : “君がつくるべきもの”をつくれるようになるために | オースティン・クレオン著, 千葉敏生訳 | 実務教育出版 | 2012 |
イメージと意味の本 : 記号を読み解くトレーニングブック | ショーン・ホール著, 前田茂訳 | フィルムアート社 | 2013 |
知的トレーニングの技術 : 完全独習版 | 花村太郎著 | 筑摩書房 | 2015 |
音のイリュージョン : 知覚を生み出す脳の戦略 | 柏野牧夫著 | 岩波書店 | 2010 |
情報を生み出す触覚の知性 : 情報社会をいきるための感覚のリテラシー | 渡邊淳司著 | 化学同人 | 2014 |
Secret knowledge = 秘密の知識 : 巨匠も用いた知られざる技術の解明 | デイヴィッド・ホックニー著, 木下哲夫訳 | 青幻舎 | 2006 |
ホモピクトルムジカーリス : アートの進化史 | 岩田誠著 | 中山書店 | 2017 |
遺言。 | 養老孟司著 | 新潮社 | 2017 |
進化思考の世界 : ヒトは森羅万象をどう体系化するか | 三中信宏著 | 日本放送出版協会 | 2010 |
世界をつくった6つの革命の物語 | スティーブン・ジョンソン著, 大田直子訳 | 朝日新聞出版 | 2016 |
人類を変えた素晴らしき10の材料 : その内なる宇宙を探険する | マーク・ミーオドヴニク著, 松井信彦訳 | インターシフト | 2015 |
食の実験場アメリカ : ファーストフード帝国のゆくえ | 鈴木透著 | 中央公論新社 | 2019 |
理科系の作文技術 | 木下是雄著 | 中央公論社 | 1981 |
サブリミナル・インパクト : 情動と潜在認知の現代 | 下條信輔著 | 筑摩書房 | 2008 |
知覚の哲学 : ラジオ講演1948年 | モーリス・メルロ=ポンティ著, 菅野盾樹訳 | 筑摩書房 | 2011 |
ソーシャル・マジョリティ研究 : コミュニケーション学の共同創造 (コ・プロダクション) | 綾屋紗月編著, 唯人[ほか]著 | 金子書房 | 2018 |
デザインってなんだろ? | 松田行正著 | 紀伊国屋書店 | 2017 |
問題解決ラボ : 「あったらいいな」をかたちにする「ひらめき」の技術 | 佐藤オオキ著 | ダイヤモンド社 | 2015 |
ニュータイプの時代 : 新時代を生き抜く24の思考・行動様式 | 山口周著 | ダイヤモンド社 | 2019 |
なぜ欧米人は平気でルールを変えるのか : ルールメーキング論入門 〔増補改訂版〕 | 青木高夫著 | ディスカヴァー・トゥエンティワン | 2013 |