2018年11月1日(木)-12月18日(火)
和語表記による和様刊本の源流
美術館 終了
本展は近世日本の木版印刷による刊本を、造形的視点から再見することにより、「和様刊本」を日本の造本デザイン史に位置づけることを目的としている。また同時に、漢字・平仮名・片仮名などの字形をはじめ、料紙・印刷・製本等、造本における造形要素の考察を通して、和語表記による「和様刊本」の多様な造本美の世界を紹介する。
- 会期
- 2018年11月1日(木)-12月18日(火)
- 時間
- 10:00-18:00(土曜日、特別開館日は17:00閉館)
- 休館日
日曜日、祝日
※11月3日(土・祝)、4日(日)、23日(金・祝)は特別開館- 入館料
無料
- 会場
武蔵野美術大学美術館 展示室3
- 主催
武蔵野美術大学 美術館・図書館
武蔵野美術大学 造形研究センター- 共催
野上記念法政大学能楽研究所
- 協力
真宗大谷派 城端別院善徳寺
大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国文学研究資料館
日本民藝館
龍谷大学図書館- 監修
新島 実:武蔵野美術大学 視覚伝達デザイン学科教授
造形研究センター 研究プロジェクト長
寺山祐策:武蔵野美術大学 視覚伝達デザイン学科主任教授
造形研究センター 研究プロジェクト研究員
この度、武蔵野美術大学美術館・図書館では、展覧会「和語表記による和様刊本の源流」を開催いたします。
武蔵野美術大学造形研究センター研究プロジェクト「日本近世における文字印刷文化の総合的研究」は、2014年度に文部科学省より「私立大学戦略的研究基盤形成支援事業」の採択を受け、本年はその完成年度を迎えます。本研究プロジェクトは5年間にわたり、わが国の文字印刷文化の歴史を見つめ直すために、様々な研究を進めてきました。本展では、その成果を広く公開し、近世日本の木版印刷による書物の数々を紹介します。
近世日本の刊本は、これまで書誌学的方法を中心に研究されてきました。本研究プロジェクトでは、それらを造形的視点から捉え直すことにより、日本の造本デザイン史に「和様刊本」の美を位置づけることを目的としています。明治以降、西洋から金属による近代活版印刷術がもたらされるまで、わが国における印刷物の多くは木材を使用した古活字版と木版整版が主流でした。これまで、近世の刊本が造本デザインの視点から紹介される機会は限られていましたが、そこには、木版印刷による柔らかな印圧を基調とした多様な美のかたちが存在していました。
本展では、漢字、平仮名、片仮名の字形と表記の関係を検証するとともに、料紙、印刷、製本等、書物を構成する各要素の考察を通して、和語表記による「和様刊本」の美の世界を紹介します。
見どころ
1:嵯峨本謡本の美を探る−古活字版『三井寺』の復元プロジェクト
慶長期(1596-1615)に角倉素庵(1571-1632)らによって刊行された嵯峨本の謡本(通称「光悦謡本」)は、百帖を一組とする大部の書物でありながら、雲母や胡粉が施された装飾料紙に光悦流書風の木活字書体、列帖装による装幀など、他に類例のない優美な意匠を特徴としています。本展では、野上記念法政大学能楽研究所との共催により、同研究所の所蔵する嵯峨本の謡本百帖を展示し、慶長期の木版印刷術の粋を集めた表紙意匠と、その出版規模の全容を紹介します。一方で、嵯峨本の謡本は、印刷の際に使用された木活字や摺刷盤などが発見されていないために、木と和紙を材料とするしなやかな造形や活字印刷による合理性等、その技術的背景の全容は未だに解明されていません。そこで、本プロジェクトでは京都の職人の協力を得て、肉筆版下にもとづく木活字の制作から、料紙制作、組版、印刷、製本に到るまで、嵯峨本謡本の造本プロセスを丹念に辿りながら、その技術的側面の再現と検証を進めてきました。本展では、復元された謡本『三井寺』と木活字その他の印刷器具を紹介し、嵯峨本謡本の美の諸相を探ります。
2:浄土真宗の版本−柳宗悦により見出された書物の美
浄土真宗の和讃や御文(御文章)は、和文組版のあり方を考える上で、新たな示唆を与えてくれます。とりわけ、15世紀後半に開版された『三帖和讃』は、古格を有する独自の字形に加え、漢字片仮名交じり文に左訓を付し、分かち書きと思われる表記を採用するなど、この時期の書物としては類を見ない、読み手を配慮した造本設計がされています。本展では、民藝運動の指導者、柳宗悦( 1889-1961) が見出した浄土真宗の版本の中から、 城端別院善徳寺が所蔵する天文版『 三帖色紙和讃』と、 蓮如上人(1415-1499)が開版した文明版『三帖和讃』の諸本を中心に据え、信仰と密に結びついた和様の美のかたちを紹介します。
3:古活字版・木版整版の美−近世和様刊本の造本美
数ある近世の書物の中で、和様刊本の美の典型を示しているのが、主に国文学を内容とする漢字仮名交じり文の書物です。わけても嵯峨本は、それまで写本により伝えられてきた古典文学を木活字で印行することにより、その後の出版物のあり方に大きな影響を与えました。これらの書物の中には、嵯峨本との関連も指摘される伝嵯峨本『源氏物語』 のように、 欧文タイポグラフィにおける最高水準の書物にも引けを取らない、高い完成度を誇る本文組版も見られます。本展では、慶長期に登場し半世紀ほどで途絶えた古活字版の書物と、その後二百年ほど続いた整版本の中から、字形、挿絵、版面構成に優れた書物を取り上げて、木版印刷の柔らかな印圧を基調とする豊かな造形美の世界に迫ります。
4:古文眞寶−明朝体をはじめとする漢字の字形の変遷をたどる
『古文眞寶』は室町時代初期に中国より伝来し、五山の学僧に広まりましたが、江戸時代になると漢詩文を学ぶための書物として一般に流布し、長期にわたり多種多様な版本が出版されました。字形研究の観点からそれらの書物を見ていくと、明朝風の字形を中心としながらも、他にも様々な字形があることに気づきます。例えば、西洋におけるモダン書体の代表格である「ボドニ(Bodoni)体」は、18世紀後半にイタリアで開発されましたが、それとほぼ同時期に、モダン書体の結構を備えた明朝風の字形が、『古文眞寶』に使われていたことは知られていません。本展では、『古文眞寶』を通して近世の漢字の字形研究に新たな視点を提示します。
5:古典籍の良質な印刷のために
古典籍を内容とする書籍や展覧会図録の印刷において課題となるのが、実物の書物と複製図版との間の落差です。しかし、造本デザインの研究には良質な印刷による複製図版が欠かせません。本展ではこの課題を解決するために、凸版印刷株式会社の文化財関係の図録制作に携わる技術者に協力を仰ぎ、展覧会図録の研究開発に取り組みました。展示では、本展の図録制作にまつわる様々な資料を公開し、古典籍の撮影から印刷、製本に到る一連のプロセスを解説します。
6:古典籍の読解と字形研究のために
近世日本の古典籍には、ジャンルや時代により様々な字形が存在していますが、われわれの多くはそれらを読むことに困難を生じています。近世の刊本が、造本デザインの視点から紹介されることが少なかったのは、古文の読解が特殊な技能となってしまったことも、理由のひとつに挙げられます。本研究プロジェクトでは、そのような状況を改善するために、日立製作所の高速類似画像検索システム「enra enra」を応用した、 独自のシステムの開発に取り組みました。 これにより、ある任意の文字を選択すると、字形が登録されたデータベースから、類似した字形が瞬時に割り出されます。
形態の類似性による検索の他に、古活字版、整版、写本等、条件を指定した絞り込みや出版年の範囲指定も可能となります。将来的に、近世の字形研究と古文の読解補助のための有用なツールとするために、開発を進めています。